歓待
ロンダルキアの祠にて、期せずして互いに想い合っていることを知ったパウロとリンダ。
あれだけ悟られはしまいかと骨を折ってきたのはすべて空回りでしかなかったと知り大いに脱力したものの、次第に三人揃ってあの時のあの言葉がどうの、などと笑い話にできるほど落ち着きが戻っていた。
「いいじゃんか、お似合いだよ」
(リンダには家族が必要だもんな)
魔法の力を持たないティムには、生粋の魔法使いであるリンダが普段どういう悩みを持っているのか推し量ることはできない。さりとて親友としても、異性である以上力になれることには限界がある。
リンダの呪いを解いてから一度ローレシアに戻った時、父王が『これからは自分を父と思ってくれていい』と励ます姿を見て、故郷を失った彼女に必要なことはきっとこれなのだと納得して以降、家族同然に接してきた。リンダ次第だが、家族が欲しいと願うなら妹としてでも、あるいは妃に迎えるのも選択肢としてなくはない、と考えていたのだ。
祠の客室で、メットを脱いでようやく人心地ついたという雰囲気になったところでティムがふとこぼす。
「でも安心した」
「ん?」
冒険の書を眺めていたパウロが顔を上げた。
「お前とリンダのこと。昔から本の虫なのは知ってたけどさ、この歳になっても女のおの字も出てこないんだぜ。お行儀がよすぎんだよ」
「そりゃあ……リンダ以外の女の子のことなんて考えたこともないし……」
「それが分かったからいいものの、最悪こいつ女に興味ないんじゃないかって本気で心配してたんだぞ、俺」
その返答にパウロは思わず飲んでいた薬湯を吹き出す。
「ひどいな、僕をなんだと思ってるんだい」
「親友に決まってんだろ?二人ともな」
すかさずそう返して、二人は笑いだした。
サマルトリアにはモニカ姫もいる。お堅い大臣やら生真面目な兵士やら、男ばかりな上あまり娯楽に優れてると言えないローレシアに迎えるよりもずっと幸せになれるはずだ――それに自分も、二人に会いに行く名目で城から自由に出やすくなりそうだし――さりげなく自分にとっても都合のいい展開になることを、ティムは内心おおいに歓迎するのだった。
***
ロンダルキアの只中にあって、三人はかつて見た懐かしの国、ローレシアへと帰郷していた。
気付けば吹雪の音ももう聞こえない。今入った門の外には柔らかい緑の草地が広がり、旅立ちの時にも見た顔ぶれが世嗣ぎの帰りを祝福する。
「これはティム王子、おかえりなさいませ」
「……あぁ…」
呆気にとられて、ティムはまともに返事ができなかった。
「どっからどう見ても俺んちだ」
「おかしいな、旅の扉でもないのに……変な感じだ」
パウロはこの不可思議な状況を訝しむ。しかしどれだけ怪しんでみても、やはりそこはローレシアだった。
人々は魔物の影に怯えるようなそぶりも見せず、互いに明るく語らいくつろいでいる。宝物庫の番をする兵士など勤務中だというのに堂々と女性と逢瀬に勤しみ、それを咎めるものもいない。柔らかい日差しが差し込む城内は暖かいのに、どこか妙な寒気がちくちくと彼らの肌を刺した。
「王様に会いに行けば、何かわかるかも」
とっさに声をあげるリンダ。二人もそれに同意した。
絨毯の敷かれた階段を上った先、玉座の間にはやはりローレシア王の姿があった…が、周りに控える面々がおかしい。
「まぁ王様ったら、私もう飲めませんわ」
「さ、今度は王様がお飲みになってぇ」
左右には派手な化粧、華美な衣装で着飾った女たちが艶めかしい手つきで当たり前のように王に手を触れながら囁いている。王も王で、だらしなく笑いながらろくに飲めないはずの強い酒を次々に飲み干していた。3人はなんと反応していいかという顔で立ち尽くす。
「……どうなってんだ」
息子の目から見ても異様な光景。横で見ていたパウロが、言葉を選びながら疑問を投げかける。
「君のお父上……なんていうか、あんなに元気だったっけ?」
「全然。酒も飲まないし、女遊びなんて……母上が死んでから後妻も迎えてないのに」
呆然とする一行の前に、不意に一人の女が立った。
「お初にお目にかかります王子さま、私はミリエラと申しますわ」
突然現れて声をかけられたのに驚いて三人とも一歩後ずさる。
ミリエラと名乗った女性の出で立ちは、王の周りに侍っている女たちに比べれば落ち着いてはいるが、それでもこの堅苦しい場に不釣り合いなほど艶やかな飾りを身につけ、肩や胸は惜しみなく露出していた。異様な雰囲気に怯えたリンダが、パウロの背に隠れて肩越しにミリエラを凝視する。
「王室の雰囲気を明るくしようという王様のお計らいで、新たに大臣として迎えられましたの。懇意にしてくだされば嬉しいですわ……まだ若輩ですけれど、踊りだけは天下一品と言われたほどの腕ですのよ」
色っぽく微笑むミリエラに一瞬ティムは目を奪われる。けれどもすぐにミリエラの言葉にひっかかる。
「待てよ、ミリエラが大臣って……」
「これは説明が遅れましたわね、前任の大臣は高齢ゆえ私が後任として……きっと王子様も、難しいお小言をおっしゃる前の大臣よりも私の方がお気に召していただけるのではないかしら?うふふ」
ミリエラは遠慮なしに近寄って、ティムの手をとった。じわじわと染み込んでくるような暖かさに、不思議とこの城の光景がはじめからそうだったような気さえする。ミリエラの目を見ると、丸い瞳の奥に吸い込まれそうに感じた。
「ティム!」
肩を強くゆすられて、ティムは我に帰りミリエラの手を払う。パウロとその背に隠れたリンダとが心配そうな顔で見ていた。
「どうしたの、君なんだか変だよ」
「……悪い、自分ちってどうも調子狂うな」
頭の中を支配しようとしたもやもやを振り払うように首を振るティムに、ミリエラは残念がるような顔をして一歩引いた。
「大変失礼いたしました、私ったら王子様になんて馴れ馴れしく……さぁ、お帰りになったのですから、王様にお会いになって」
それだけ言うとミリエラはすぐさま玉座に向かい、女たちに囲まれた王へ耳打ちする。
それまでこちらに気づく様子もなく宴に興じていた王は、すぐさまこちらを見て笑顔で手招きした。
「父上」
「おぉ、よく帰ったな我が息子よ!」
何から聞けばいいのか、と考える暇もなく王は早口に喋り続ける。
「いやはや、わしはとんでもない思い違いをしておった。これまでそなたにはすまないことをしたな」
「我らはようやく気付いたのだよ、ハーゴン様こそが世界に平和をもたらしてくれる存在だということを」
「実際にお会いしたのだが、ハーゴン様は実に気持ちのいいお方であった!我らの行いも快く許してくださったのだ」
「城下の民の様子はもう見たか?これからはもう魔物を恐れることもなく、実に豊かに暮らしておる」
「これでロトの血筋などという重荷を背負う必要も最早なくなる、不要な血を流すこともせずに済むだろう」
「そなたのこともよろしくと頼んでおいたからな、もうハーゴン様を討伐などと馬鹿げたことを考えなくてもよいぞ」
「……」
なおも揚々と続ける王の言葉はすでに耳には入らなかった。
一体いつの間に、この城はハーゴンに洗脳されてしまったのか?リンダを連れて訪れたすぐ後か?ベラヌールでパウロを呪ったのと同じ頃か?それとも…
伝う冷や汗を拭うことも忘れて、三人は顔を見合わせる。
「ローレシア王、どうしてしまったの……」
「おかしい、おかしいよ。この城に入ってからずっと妙な気配が消えない」
「でも、あれはどう見たって親父だ……なんでこんな……」
疑問を深める余裕を与えまいと言わんばかりに、民達の声がいっせいに耳に飛び込んでくる。
『これからはもう、旅の扉がなくとも安全じゃ』
『ただしき神はただしき者にお味方くださる。忠実な神のしもべ、ハーゴン様に祝福のあらんことを』
『ハーゴン様……素敵……はっ、私ったらなんて身の程知らずな』
『ロトの直系の血を引くこの国とハーゴン様とが手を取り合えば、恐れるものは何もない』
『魔除けの鈴は悪しき者から身を守ってくれるそうです。しかしもう必要もありません』
『サマルトリア王は未だハーゴン様のお考えに懐疑的であられる……あれでは王子と姫君が不憫でならぬよ』
『ハーゴン様万歳!』
『ムーンブルクの襲撃は、実はハーゴン様は関わってないそうですね。なんでもただの火事だったとか……』
『ハーゴン様万歳!』
『ハーゴン様万歳!』
『ハーゴン様万歳!』
「いや!こんなの嫌ぁ!」
リンダが頭を抱えてうずくまり、すぐさまパウロが声からかばうようにリンダを抱きしめ耳を塞ぐ。
明るい城内でずっと肌を刺していた寒気の正体はきっとこれだったのだ。ティムは必死に考えた。声はぐるぐると頭の中に渦を描く。
(誰よりもムーンブルクの悲劇に義憤を燃やした親父がこんな風になるはずがない。だれもかれもまるで自分しか目に入っていないような接し方なのもおかしい。大臣は…じいやは自分が王位に就くのを見るまでは辞めるわけにいかないと毎日口癖のように言ってた、突然黙っていなくなるなんて)
考えながら、パウロとリンダの方を見る。リンダの首元からわずかに覗いた宝玉の光を見て、やっと思い出したと言う顔でティムはとっさに叫んだ。
「『ルビスの守り』だ!精霊ルビスなら、今もこの状況をきっと見てる」
「……!そうか、彼女の力を借りるんだね」
「……ルビス様…」
震えていたリンダの目にも強い光が戻った。すぐさま衣服の下にしまっていた美しい装飾を引っ張り出し、目を閉じ心に強く念じる。ティムもパウロも共に目を閉じ祈った。
『……ロトの子孫たちよ…』
渦巻く禍々しい声をかき消すように、柔らかな美しい声が広間にこだまする。
『騙されてはなりません。これらは全てまやかし――さぁ、しっかりと目を見開いて、真実をその目で見るのです』
優しくも厳粛な言葉で、精霊ルビスは三人に道を示す。
騙されるな――
ティムはゆっくりと背中の鞘から剣を抜く。王に纏わりついていたミリエラがゆらりと立ち上がって、三人の元へ歩いてきた。丸い瞳にはさっきまでなかった怪しい光が輝いている。
「かわいそうな王子様、もうお休みになられませ。……真実など、向き合っても我が身を苦しめるだけですわ。ハーゴン様はいつだって、あなた方に安らぎを与えてくださいますの」
甘くとろけるような堕落の言葉が頬を撫でる。しかしそれに気をとられることはなく、ティムは黙ってミリエラを睨みつけた。先ほどまで座り込んでいたリンダもパウロに支えられて立ち上がり、互いにその手を握りしめる。
「何が安らぎだ、ふざけんなよ。パウロを呪ったのも、リンダから家族を奪ったのもお前らのくせに」
射るような視線にも退くことなく、ミリエラは微笑みティムを見つめ返した。
「この城の姿もあなた次第では真実になりますのよ、王子様。あなたさえ望めば、三人ともこの世に並ぶもののないほどの栄誉と力を手にできるのです」
二人は驚いてティムに視線を移す。背後に立つパウロとリンダの表情は見えなくとも、注がれる視線に疑心のないことを彼は確信していた。
「……あぁ、そりゃいい提案だ」
ミリエラの言葉に頷きながらも、剣の束を握る手に力を込める。
「けどそんなつまんないもんいらねーよ。残念だったな」
睨み据えた眼光を緩めないまま、ティムはにやりと笑って見せた。
次の瞬間には、踏み込んで懐に飛び込み、美女の形をしたまやかしを剣で刺し貫いた。魔物の断末魔に似た声が響き渡り、目を開けていられないほどの眩い光が広間を包み込む。
再び目を開いた三人の前には美しい広間も柔らかい日差しもなく、不気味に揺れる炎と重苦しい空気に包まれた神殿がそこにあった。ミリエラを刺したはずの剣の先には、一体のデビルロードの亡骸が突き刺さっていた。
「うぇー、こんなやつが化けてたのかよ」
ティムはうんざりしたように剣を抜く。リンダの首から提げられたルビスの守りは、役目を終えただの豪奢な首飾りに戻っていた。敵陣の真ん中にいるにもかかわらず、三人はどこか安心したようにため息をついた。
「嫌な空気……でもさっきよりずっと楽だわ」
「ずいぶんと大げさな歓迎だったね」
「だいたいさ、栄誉なんてほっといても手に入るよな。俺たち王子なんだから」
真顔で剣の汚れを拭きながらそういうティムに、思わず二人は笑いだす。
「君のそういう考え方、いいと思う」
「あっ、何笑ってんだよ!」
「ごめんなさいティム、淡々と言うものだから……でもその通りよね」
「うん。それにハーゴンを倒すことができれば、世界でいちばんの栄誉だ」
三人は揃って結界の先にある祭壇を見つめる。
ティムは綺麗になった剣を鞘に収めて、大きくひとつ伸びをした。
「早いとこ全部終わらせて、絶対みんなで帰るぞ。結婚式の準備もあるしな」
「けっ……!?」
真剣な流れでさらっと関係を持ち出され、パウロとリンダは言葉を詰まらせる。
「だってそうだろ、二人とも両思いなんだから帰ったら結婚するんじゃないのか」
「そ……そうだけど何も今言うことじゃないだろ!?」
「あはは悪かったって、そんな照れるなよ」
不気味に静まり返ったハーゴンの神殿の中で、不釣り合いなほど賑やかに騒ぎながら三人の小さな勇者はゆっくりと歩き始めた。
