問答






 賢者とは、悟りを開いたもの。
 常に己に問い、己に答ふもの。
 教えの頂に立ち、世々に伝わるあらゆる秘術を己が手足とするもの。
 勇者が天に選ばれしものなら、賢者は神に選ばれしもの。

(とは言うものの、自分のような人間でも就くことのできたそれが、果たして本当にそんな高尚なものなのかどうか……)

 賢者ショコラにはそんな「問い」があった。
 言い伝えが本当ならこの問いにも自ら答えを見出せるのかもしれないが、いくら考えてもそこに至れる気がしなかった。
 なにせ、彼女の前職といったら役立たずの代名詞ともいえる「遊び人」なのだ。馬鹿の考え休むに似たり、なんて言葉もあるわけで、これまで悟りだとか教えだとか魔法や使命がどーたらこーたら、そんなものには一生縁がないだろうと思っていた。

(神に選ばれた、ってことなのかしら)

 遊び呆ける無為な日常が一変したのは、溜まり場にしていたルイーダの酒場で彼に出会った時から。「天に選ばれしもの」との巡り合わせは、言うなれば「神の思し召し」なのだろう。単なる偶然の結果だとしても、ショコラにはそう信じるに足る出来事だった。
 そんな彼女には、近頃もう一つ「問い」がある。

(あの僧侶崩れの盗賊に先を越された……もう悔しいったら!)

 三角関係、というやつなのだろうか。
 ともあれ、最早彼女には指をくわえて待っているなんて余裕は少しもないのだった。

***

 一人で小枝を弄びながら火の番をしている勇者ナッツ。いつもなら二人体制で起きているが、今夜の宿営地は教会の跡地で、もう使われてはいないがまだ放棄されてから日が浅く、魔物はほとんど周辺に近寄らない。この場を拠点とすること以外は特に縛りもなく、各々好き勝手な場所で好きなように過ごしていた。火事にならないよう、最後の一人が眠るまで火の面倒だけは見なくてはならない。

「勇者様、お隣いいですか」

「うん」

 深夜。他に誰も起きていないのを確認して、ショコラはナッツの隣に座る。ちらりと横目に見るナッツの表情は、年相応に大人びてきてはいたが、色事を少しも想起させないあどけない顔立ちをしていた。

(こんな稚いお顔をなさってる勇者様が、あんな……にわかには信じ難いけど、それでもずっと見てきたもの)

 盗賊ソルトとナッツが初めて交わった日、たまたま目を覚ましていたショコラは、寝床の中でそのやりとりをいくらか耳にしてしまった。それ以降、夜に彼らが二人でいる時は、必ずと言っていいほど聞き耳を立てるのが常になっていたのだった。
 もちろん、聞き耳を立てたからと言ってご丁寧に毎回何か起こるわけでもないのだが、おかげでショコラは近頃寝不足気味になってしまっている。

(「盗賊」とはよく言ったものだわ)

 彼に対してそういった想いを持っていることを知りながら、それを掠め取っていったのだから。あと睡眠時間も。
 こと色恋に関して、ナッツにはどうも「来る者拒まず」といったところがあった。果たしてそれが勇者の資質というやつなのかは定かではないが、どちらにせよソルトはその点をうまく利用したのだろう。癪に障るが、上手く持ち込むには同じ手を使うしかない。

「今夜は交代で起きてる必要がないから、楽でよかったですね」

「そうだね、星も見れるよ。火は消しちゃおうか?明かりが少ない方が綺麗に見えるから」

「ふふ、お気遣いありがとうございます。せっかくだから消しましょうか」

 ショコラが軽く指を一振りすると、火は空気を遮ったかのように萎んでかき消えた。より一層暗さを増した夜の闇は、間近にあるはずの互いの顔すら見えづらくする。
 揃って夜空を見上げながら、ナッツがぽつりと口にした。

「きれいだね」

「ええ、あの並んだ星なんてまるで夫婦みたい」

「夫婦かあ、いいなあ……」

 のんきにそんな返事をするナッツに微笑んだ直後、ショコラはふと気がついた。

(夫婦……もしかして)

「勇者様、オルテガ様とお母様のこと、思い浮かべたりしました?」

 予想は当たりだったのだろう、空を見上げていたナッツが驚いた表情でショコラの方を向いた。

「すごいね、なんで分かったの?」

「勇者様にとって夫婦といったら、お二人しかいないんじゃないかと思って。半分は勘ですけど」

 ショコラがそう言って笑うと、ナッツもつられて笑った。

「父さんと母さんが夫婦として過ごしてるのを、そんなに沢山見てきたわけじゃないんだ。それでも覚えてる限りでは、僕もこんな風になれたらと思える姿だったよ」

 勇者オルテガがアリアハンを発ったのは、現在の勇者であるナッツがまだほんの幼い頃。物心つくかどうかといううちに旅に出た父の背中を、ナッツはずっと追い続けているのだった。物理的にも、気持ちの上でも。
 火が消えた後も、薪は熱を持ってかすかに赤く光る。ショコラはそれを見つめているナッツの手をとった。

「勇者様のそういう……目標にひたむきなところが大好きですよ、私」

「うん、ありがとうショコラ」

 微笑むナッツ。ショコラはそれを逃さず、空いたもう片方の手をその頬に添える。

「ショコラ?」

「勇者様、知ってるんですよね。私の『大好き』が、仲間としての尊敬のそれじゃないって」

 尊敬の意を込めているのも嘘ではない。ただ、それと違うものの方が大きいだけ。
 ナッツは目を瞬かせ、蒼い瞳に少しばかりの迷いが浮かんだ。

「ショコラ、僕は……」

「いいんです、まだそんな心づもりができてなくても。私が勝手に、あなたのことを愛したいだけ」

 相手に何か言わせる隙を与えず、ショコラはナッツに顔を寄せ、そのまま口づけをした。今までに頬には何度か送ってきたそれを、初めて唇にする。
 顔に触れる睫毛の感触で、ナッツが目を見開きそれから閉じたのが、ショコラにはわかった。
 触れ合わせた唇が離れるや否や、ショコラはナッツの肩に手をついて、そのまま地面に押し倒す。暗闇の中でも見上げる瞳は明るかった。

「愛しています」

 これまで何度か口にしてきた『好き』とは違う、明確な告白の言葉を告げながら、ショコラは手前に垂れる長い髪を手でどけた。その傍ら、ナッツの懐に手を這わせ、腰のベルトを外す。
 ナッツは少しばかり抜け出そうとする動きを見せるも、ショコラの手が股間に触れると、頓狂な声を上げて身をこわばらせた。

「ふふ、こういう風にされるの、なんだか慣れてるように見えますね」

「!」

 ナッツが焦りを見せる。実際に似たような流れをすでに経験していることを、ショコラが察しているとはナッツは予想だにしていなかった。細部までは把握していないが、知ればそれだけソルトに対する憎たらしさが増すだけだし、そんなことは今どうでもいい。
 腰の穿き物を緩めたところでいつもの長手袋を外し、ショコラは素手でナッツの“それ”に触れた。
 心持ち少し硬度を持ち始めているのは、これから何をするか薄々わかっているからなのか、それとも単なる反射なのか、どちらにせよショコラはなんだか嬉しくなってしまった。

「大丈夫、そのままでいてください」

 姿勢を変えないでという指示だったが、言外の意味を含ませてもいた。
 そこには触れず、ショコラは手にしている若茎を指先でくすぐるようにしながら、少しずつナッツを悦ばせていく。

「は……っ、ぅ……」

 ショコラの手元を見ながら、ナッツの口から荒い息が漏れる。
 こんな性急なやりとりにおいても、彼は自分への好意に対してただただそれを受け入れるだけだ。拒まれないことが嬉しい反面、ショコラは少し複雑でもあった。

(本当に、私が勝手に愛したいだけなんだわ)

 一方的に気持ちをぶつけているだけで、本当にしたい『愛し合う』ということとは、これは程遠い。
 それでももう、今更止まれなかった。
 膝立ちでナッツへの奉仕を続けながら、ショコラは上体を屈めて何度もキスを交わした。そして互いに所在なさげなその手をつなぎ、指を絡め合う。
 やがて勃ち上がったものを前にして、二人とも無言になった。下着をずらして、ショコラが上で位置を合わせる。やわい粘膜同士が触れて、微かな音が鳴った。

「愛しているわ、勇者様」

 言い置いて、ショコラは体重を預ける。

「う、ぁ、あっ」

「ふふ……初めてだから、怖いですか?」

 柔らかな笑みを浮かべつつも、昏い愉悦を瞳の奥に燻らせながら、ショコラはナッツの上に腰を沈めていく。
 快感に震えるナッツの頬をそっと撫で、口付けて舌を絡めているうち、その性器は彼女の中へしっかりと収まった。

「あっ、く……ん、はいり、ましたよ……」

(かわいい勇者様。この人になら、何を捧げてもいい……命だって)

 喜びに啼くショコラとて、仲間たちが想像しているほど経験豊富なわけではない。遊び人としての経歴ゆえ「友人」はたくさんいたし、キスや抱擁くらいは当たり前なのだが、この手の接触には過剰なほどに守りが堅かった。
 純潔を捧げてもかまわないと思えるほど想いを寄せ、そしてその通りそれを捧げたのは、ナッツが初めてだった。
 押し倒したナッツの上に跨ったまま、ゆっくりと腰を上下する。

「ンッ……ぁ、んっ、ン」

 気付かれてはいないだろうが、前準備をしていてもやはり初めてとあって、それなりにぎこちないのはどうしようもない。
 腰を下ろすたびに体の奥まで突き通されるような気がして、都度ショコラは上ずった声を上げた。

「あっ、は……どうですか、勇者様っ……気持ちいいですか?」

「っ……すごく、あつくて……ゾクゾクするっ」

 ナッツは流れに身を任せることしかできず、ショコラの差し出したもう片方の手を握る。
 すでに握っている方と同じく指を絡め、しっかりと離れないようにつなぎながら、暗闇の中で水音を響かせていた。少しの痛みとともに、途方もない快感、もとい充足感がショコラの全身を駆け巡る。
 もっとつながりたい。この人と、もっと深く。

「あ、っん、ぅ……はぁ……!」

 ぎこちなかった上下の動きが徐々に早まる。それにしたがって、水音も大きくなった。
 しばらくそうして腰を振っていると、やにわにナッツが上体を起こして、ショコラを押しのけようとする。

「ショコラっ……は、はなれて……」

「?どうして…………あぁ、もうイキそうなんですか」

 妙な反応にショコラは戸惑ったが、余裕のない表情を見て、すぐに笑みを取り戻す。
 起き上がろうとするナッツの肩に体重をかけて再び押し倒すと、ショコラはぎゅっと奥に力を込めながら、ナッツに口付けた。

「怖がらなくていいんですよ……全部、受け止めますから」

「あっ、あ、く、うぅっ」

 ナッツが歯を食いしばり目を瞑る。ショコラもそれに合わせて体を預け、いちばん奥でつながった。
 奥で息づいていたモノがびくびくと蠢きながら、ショコラの中へ何度か種を送り込む。動くのをやめてそれを受け止めると、ショコラはぐったりした様子で息を吐くナッツに微笑んだ。

「はっ……はっ……っふふ、思ってたより……早かったですね。可愛い人……」

 ナッツはああともうんとも言わず、ただ必死に息継ぎをしながらショコラの言葉を聞いていた。

(初めてだから無理もないか。……でも、まだ物足りない。もっとたくさん、この人が欲しい)

 これでようやく終わると思い込んでいるナッツの表情と裏腹に、ショコラの興奮はまだ醒めない。
 落ち着いてしまった勢いを取り戻させようと、ショコラは少々強引な手段に出た。濡れた指を滑らせ、今しがたつながったそれよりも奥にある閉じた窄まりに触れて、中へ押し入っていく。

「っひ……!?はっ、う、あぅうっ」

 ナッツの背が反り返る。ショコラはその耳元に顔を寄せ、小声で囁いた。

「勇者様、ここがお好きですよね?……知ってるんですよ、ソルトによくしてもらってるの」

 盗賊ソルトは、ショコラよりも一足早く勇者と関係を結んでいる。ということは当然、ナッツはすでに彼を何度か受け入れて、そこで快感を覚えこまされていたのだった。
 ショコラはそれを利用するのに躊躇はしなかった。思わぬ秘密を知られていたことに赤面し、身をよじって泣くナッツに構わず、敏感なところを刺激し続ける。

「や、だぁ……そこはっ、やぁ……」

「泣いてもダメです。ソルトならよくて、私は嫌ですか?」

 指の腹でもって手前の壁を擦ると、ナッツは泣いて情けない声を上げ、一度力の抜けたそこは再び硬度を持ち始めた。
 ショコラはにっこりと笑って、涙で濡れたナッツの顔に頬ずりをする。

「ほら、やればできるでしょ?いいこは大好きよ、勇者様」

 ナッツは首を振りながらぐすぐすと泣き続ける。
 本気で嫌なら自分が相手でも突き飛ばすくらいはするはずの彼がただ泣いてばかりいるのは、ただこれ以上快感で責め立てられるのが恐ろしいのだと、ショコラは気がついていた。

(本当は渡したくないけど……こんなに可愛い勇者様が見られるなら、彼と結託するのも悪くはないかな)

「大丈夫……何も怖いことなんかありません。魔物と渡り合うよりもずっと簡単で、素敵なことなんですから」

 優しく囁き掛けて、指を引き抜くショコラ。限界の手前で解放されたナッツは一息に楽にもされず、ふぅふぅと呼吸を押し殺して涙を零す。

「……楽になりたいですか?」

 ショコラの問いかけに、ナッツは未だ震えながらこくりと頷いた。

「じゃあ、一緒にいきましょうね」

 再び指を突っ込み、ほとんど蕩けた内部を追い立てるように攻めた。それとともに腰の動きを再開する。
 ナッツの悲鳴に近い嬌声を聞くたび、ショコラも呼応するように甘い喘ぎを漏らす。お互いに熱く溶け、本当に一つになったような錯覚を覚えながら、ショコラは己を貫くナッツを締め上げた。

「はっ、はっ、ぁ……勇者さまぁ……!」

「~~~~~!!」

 互いに絶頂を迎える。差し込んだ指が蠢めく粘膜に絡めとられる感覚と、再び胎内に注ぎ込まれる熱い奔流を楽しみながら、ショコラもたっぷりと鳴いた。長い長い余韻が去ると、まだつながったまま折り重なるようにして倒れ込む。
 息を整えながら、ショコラは髪をかき上げつつ、ナッツにそっと口付けた。

「……どう、でした?私……勇者様とひとつになれて……幸せです、とっても」

「うっ、くふっ、ぅ……ぐす……っ」

「もう……泣いちゃだめです、男の子なのに」

 慰めつつ、ショコラはまたもナッツの窄まりをこじ開けてくにくにと内側を弄る。

「ひっ、ひぃ……」

 ナッツは意識を保っているのがやっとの様子で、ショコラの腕を掴み必死に首を振って哀願する。
 これ以上されたらおかしくなってしまう、と言いたげな目を見て、ショコラはふと真面目な顔をした。

「そんな弱気じゃ、魔王討伐は大変ですよ。そうやって請われたところで、もし私が魔王だとしたら……どうでしょうね?」

 特に意味などない、起こりようもない仮定の話をしてみせる。
 魔王だったら、という言葉に一瞬目を見開いたナッツだったが、ショコラの執拗な指責めに何も言い返せず、仰け反りながらひぃひぃと悶えるしかなかった。

(こんなことして、嫌われるかもしれない。……でも、それでもいい)

 心のうちにそんなことを思いながら、流れに任せたまま絶頂までナッツを苛め抜く。達してのち、ふっつりと糸が切れたように眠りに落ちたナッツを見下ろしながら、ショコラはひとり呟いた。

「……勇者様、例えあなたから応えてくれることがなくたって、あなたを愛してます」

 満ち足りた笑みを浮かべながら、下腹部を撫でる。
 ショコラが頭上で瞬きを繰り返す夫婦星を見上げると、並んだ星の上を一筋の流星が駆け抜けていった。

(きっと見つかるわよね。オルテガ様も、問いの答えも、この恋の行く道も)

 静かに目を閉じ、されど星に願いをかけることはしない。
 全部自分の力で探しだしてこそ『賢者』だろうと、ショコラにとっては思えるからだった。





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