勇者の望み 一





 昏い王城の閨の中で、影がひとつ。否、ふたつ躍っていた。さえずるような声が、片割れに向けて哀願する。

「はあっ、は、ぁ……も、もう……むり……」

「駄目だ、まだこらえろ」

「いゃぁ……っ、そんな、あ、っぁああ」

 小さな影が先に跳ね、やがてぐったりと大きな影の中に溶けた。溶け合った影はしかし、すぐにふたつに引き離されてしまう。小さな影は大きな影に引きずられて閨から放り出され、床に這い蹲った。
 柔らかくくせのある黄金の麦のような髪の間から、明るい瞳が大きな影を見上げる。見下ろす大きな影は、閨の暗がりから黄金の影のもとへ近付くと、その髪をつかんだ。

「いたっ……!」

 夜よりも昏い色の髪をした青年、同じ歳の頃だろう金髪の若者をつかんだ彼は、空と海の境を映したような深い碧の瞳に怒りとも悲しみともつかない感情を滾らせていた。

「言ったはずだろ、お前がこれに耐えられるようにならなければ……あの国は滅びるしかないんだ」

「そんなの嫌です……でも、でも……他にもう何もないんですか?こんな、こんなこと……」

 あなただって望んでないはずなのに。
 黄金の影が言いかけた言葉は、黒い影に遮られた。青年はもう一方の若者の髪をつかんだまま突き飛ばすように倒し、無遠慮に覆い被さる。
 これ以上の問答は無駄だと判断した金髪の若者は、祈るように目を閉じた。

***

 かつて、地の底から突如現れ世界を闇に覆い尽くさんとする大魔王がいた。
 かつて、天の果てより飛来し世界から光を奪い魔の頂点に君臨した竜がいた。
 かつて、邪なる神の力をもって世界を破壊せしめんとする邪教の神官がいた。
 いずれも皆、天に選ばれし「勇者」によって討たれ、世界は平穏を保ってきた。

 勇者だったものを討つのも、また勇者なのだろうか。

 東の果ての国ローレシアは、破壊の神を討った若き勇者たちの一人によって治められた。武勇に優れた若き新王は善政をもって民を導き、世界はとこしえに平和かに思われた。

「王子、お願い、こんなこと……」

「『陛下』だ。それから人目につくかもしれないうちは敬語を崩すなと、何回言えば覚える」

 昏い髪の若者が、その膝に黄金の髪の若者を乗せて、その体をまさぐっている。乗せられている方はしきりに身をよじって逃れようとするが、相手の膂力がそれを許さない。
 つかまえられたまま、二人は互いにつながって動き始めた。

「やぁあ……あ、へいかぁ……」

「お前は形式上うちに留め置かれた『公使』なんだからな。ゲストだろうと、この城では主の言に従ってもらうぞ」

「あっ、あ、そんな、ぁ……あぁぁっ!や……そこ、ンンッ……!」

 甘く切ない嬌声が部屋にこだまし、互いの脳を侵していく。

「お前がいればそれでいい……そのためなら暴君にだって、魔王にだってなる……」

「だ……めぇ……あなたは、ゆうしゃ、ッアァァ!ひぁっ、アァッ……」

 黄金の髪があやしく振り乱される。愛らしい顔立ちは涙で汚れ、目の前の王者に縋りながらも心の裡ではそのまぐわいを望んではいないようだった。
 膝の上の小さな公使が背を反らせ気をやってしまうと、王は苛立ち紛れに嘆息してつなげた体を離した。床におろされへたり込む公使の顔をつかんで口をこじ開け、まだ果てていない自分の陽根を咥えさせ奉仕を続けさせる。

「んぶっ、ぅ、んぐ……」

「……そうだな、誰もが、お前さえ俺のことを勇者だと思ってる……」

「ん、ん……!」

「けど、そんなもの何の意味もない……っは……欲しいのはお前だけなんだ……ッ、出すぞ……」

 王は果て、目の前に跪く若き公使に情欲を啜らせた。何度も教え込まれた通りに音を立て飲み干してみせると、ようやく彼は情事から解き放たれる。
 着衣を整える王を見上げながら、公使の瞳からまた大粒の涙が溢れた。

「僕は……僕は王子を……」

 口にしようとした言葉は、込み上げた嗚咽に封じられるのだった。





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