勇者の望み 二
勇者の血を引く三人の若者による、ハーゴン討伐の使命を負った旅。
そのさなか、ローレシアとサマルトリアの二国の継嗣たちは互いに愛し合う仲になっていた。使命を果たせば終わる関係。旅の間しか得られないつながり。短い恋だとわかっていても、二人は束の間の蜜月に溺れた。別れ別れたその先も、相手を想う気持ちだけは生涯変わらない――
徒花で終わっても良いと思っていたのは、果たして本当に互いの意思だったのか。
王位継承の少し後、肩の荷がおりたと感じたのだろうか、先代ローレシア王は少しばかり早く世を去った。そこから全てが変わっていった。
それまで互いに友好的な関係を保ってきたローレシアとサマルトリアは、ローレシア側の一方的な宣言によって突如袂を分かつ。前触れなく始まったローレシアの豹変に、民たちは驚きを隠せなかった。ローレシアより少し遅れて自国の王位を継いだ若きサマルトリア王は、幾度も国交回復に向けて使者を出したが、いずれも門前払いとなる。
彼は真っ先に、何者かが王に成り代わって実権を握っているのではと危ぶんだ。あの王を弑することのできるものなど果たしているだろうかと思いつつも、ありえない話ではなかった。
だが、ある日サマルトリアに一通の書簡が届く。
『貴国の再三にわたる国交回復の要請について、その申し出を今一度容れんとす。
ついては、サマルトリア国王陛下との対談を求む。単身にて我が城まで来られたし』
間違いなく現ローレシア王本人の自署によるものだった。
周囲の反対を押して、サマルトリアの若き王はかつての想い人との対面を決めた。暗殺の企てだとしてもまさかこんな見え透いた手は使うまい。それにたとえどんな風に変わってしまっていようと、彼は元来優しい気性の持ち主なのだ――
護衛も付けずに――おそらく家臣が密かに付けてはいただろうが――北の国の王は東へ発った。かつて旅立ったばかりの頃と違って、二国間に生息する魔物はどれも王の敵ではない。仮に刺客が送られたとて、ローレシア王当人ほどの手練れでなければそれも押さえるのは難しくなかった。そしてそれらは終ぞ王を遮ることはなく、彼はいよいよローレシアの城門へと辿り着く。
「我こそは三王国が一、サマルトリアを治むる者なり!貴公らの求めに応じ、この身一つで参った。国王陛下への御目通りを!」
待つ間、冷静な面持ちの裏で若王の心は揺れ動いていた。この胸の鼓動は外交上の緊張だけでなく、きっと想い人との対面を控えているからに違いなかった。
騒がしく走り回っていた兵たちが突如一糸乱れず整列し、遠くから悠然とやってくる靴音がした。サマルトリアの王は居住まいを正す。
「サマルトリア王陛下、よくぞここまで参られた。我が求めに応えしその心に、まずは深く感謝を申し上げる。歓迎しよう」
瞳に昏い光を宿した『勇者王』が、そこに立っていた。
ローレシア王は心からサマルトリア王を歓待し労い、その訪れを喜んだ。上等の食事でもてなし、美しい部屋をあてがい、好きなように過ごしてくれていいと宣った。しかしここへ訪れた目的は、かつてのような交流や愛を交わす逢瀬のためではないのだ。なんとしてもこの王の意図を知り、そして再び二国の間に穏やかな関係を取り戻さなくては――
ひとつひとつの思い出を愛おしむように旅の記憶を口にする勇者王に相槌を打ちながら、彼はその機を待った。そうして昔話に一呼吸置こうと王が紅茶に口をつけた際、意を決して言葉を発する。
「――王子、なんで……どうしてこんなことを」
サマルトリア王がローレシア王を「王子」と呼ぶのは、共に旅をしていた頃の名残であった。
和やかな笑顔を浮かべていたローレシア王がふいに昏い面持ちに変わり、飲みかけのティーカップを置いて立ち上がる。本題に入るのだと待ち構えたサマルトリア王はしかし、その口から飛び出た思いもよらぬ言葉に色を失うこととなる。
「お前が欲しかった。ただ、それだけだ」
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