トルテとクッキーのおはなし - 3
明日に備えて
「あの時はすまなかった」
寝床の準備をしながら、もう1つ言いたかったことをぽつりと口に出す。すでに寝巻きに着替えて寝る準備万端のクッキーは半分寝てるような顔でこっちを向いた。
「なんのこと?」
「初対面の時、お前のこと思い切り張り飛ばしただろ。結局謝れずじまいだったから、今謝る」
「あぁー…あったね、そんなこと」
特に気にしたようなふうもなく、大きな欠伸をひとつ。もうすっかり寝ることで頭がいっぱいなのかと思ったら、目を擦りつつ向き直られる。
「もう気にしてないよ。僕の方こそ、無神経にひどいことを言ったと思う。ごめん」
「なんでお前が謝るんだよ。魔法が使えないのは結局ただの事実だし、もうそんなことでかっとなったりしない。昔はまだガキだったんだ」
お互い詰まってた重石がとれたのか、少々の沈黙の後にクッキーがふと破顔した。ふんわりした毛先がくつくつ笑うクッキーの揺れに合わせてゆらりと蝋燭の光を反射して光り、萌黄色の瞳がきらきら瞬く。こうしてまじまじと見てみると、気品もあるし美しいと形容して差し支えない容貌をしていると思う。この顔に呑気な性格でこれからどういうトラブルに巻き込まれるかが容易に想像できるが、本人を前にそんなことを考えるのは不躾なのでやめよう。
つられて表情を崩した後、互いに毛布を被って眠りに就く。程よく意識がまどろんできた頃、隣からか細い声が聞こえた。
「トルテ」
「ん?」
「多分、僕は足手まといになるし、たくさん迷惑かけると思う。もし嫌になったら、僕はいつでもサマルトリアに帰るから…すぐに言って欲しい」
「…………今更何だよ」
「不安なんだ…初対面の時、魔法なんてできても役に立たないだろって君に言われたけど、本当にその通りになるかもしれない」
もう気にしてないとか言いつつしっかり引きずってやがる。つまらない意地悪を言った昔の自分を張り倒したい。だいぶ目が慣れてきた暗闇の中で、クッキーが毛布ごと縮こまって丸まっていく。一人旅の間ずっと心に張っていた糸が安心して解れて、結果不安が生まれるのは自然な流れだが、ずっとこんな調子でいられても困る。今このタイミングで何かしてやるべきだろうか。
「自分の役割が見出せなくて、不安か」
「うん」
肯定の声に混じって、鼻を啜る音が聞こえた。これで泣くようじゃ先が思いやられる。
順調に眠気は増しつつあったが、やむなく毛布を剥いで起き上がる。隣の寝台に近づくと、猫よろしく宵闇の中でも明るい瞳が自分の接近を認めて光り、ゆっくりと身を起こした。その肩を抱いて体を密着させ、背中をぽんと叩く。
「これから嫌でも一緒に生活するんだ、自分が役に立つか立たないかなんて考える必要ない。というか俺は別にお前を足手まといだなんて思わないからな」
「…………う、うん」
実際役に立とうが立たまいが、大事なのは相性だ。互いに優秀でもそりがあわなきゃとてもじゃないが二人旅なんてやってられない。初対面から喧嘩になったり、合流するまでに長いすれ違いはしてきたが、こうやって会って話して『こいつなら問題はないだろう』と確信した。少々のんびりすぎるのが自衛の面で心配ではあるが。
クッキーの足速な鼓動が伝わる。旅の仲間を得て最初にしてやることが子守りだとは自分も想定していなかったが、こいつもいきなり殴ってくるような男に接近されて緊張しているのか。鼻を啜る音はもう聞こえてこないので、くしゃりと頭を撫でてさっさと自分の寝床に戻る。
「あっ…あの」
「うん?」
「ごめん…わざわざありがとう」
申し訳ないのか感謝してるのかどっちなんだ。毛布を被る音が聞こえたので、適当に返事をして目を閉じた。明日から賑やかになる。
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