トルテとクッキーのおはなし - 5




街角の子犬


亡国ムーンブルク直轄の大都市ムーンペタ。水源が豊富で、街全体の四分の一はあろうかというほど大きな湖が目を引く。
街に着いたクッキーが真っ先に向かったのは福引き所だった。リリザに滞在中買い物でやたらと福引券をもらってしまい、持て余しているという。道の端に寝そべる仔犬を眺めながら暫く待ったが、福引きを外した残念賞でまた福引券をもらうので一向に終わる気配がない。

「長引くなら先に宿の予約とってくるぞ」

「ありがとう、任せるよ」

一時解散して宿に向かう。するとさっきまで寝ていた仔犬が目を覚まし、こちらを認めて近づいてきた。
首輪もなく薄汚れているのを見るに、何かしら病気を持っているかもしれない。 咬みつかないか警戒しながら歩き続けるが、犬はただ静かに後ろをついてくる。
宿のカウンターに入ると、主人が入り口に佇む仔犬を見て顔をしかめた。

「お客さん困りますよ、野良に餌付けなんかして」

「いや違う、勝手についてきてるんだ。二人連れだが空いてるか」

「おやこれは失礼、変なこともあるものですね。お城の陥落以来どこからかやってきて街外れに住み着いてるんですが、普段は餌でもやらなきゃずっと道端で寝てるんですよ。おとなしいですが、治安の面では心配ですね」

城が滅びてから居ついたとすれば、元は城下で誰かに飼われていた犬という可能性もある。触ろうともしなかった自分についてきたのは確かに不思議だが、こいつなら餌をもらえそうだと踏んでいるのかもしれない。仔犬はこちらを見ながら尻尾を振っていたが、無視して宿帳に記入している間にどこかへ姿を消していた。

案内された部屋で暇つぶしに装備の汚れを落としていると、先ほどの主人が困った様子で部屋にやってきた。

「お客さん、お連れさんが下にいらしてますけど、さっきの犬を部屋に入れたいって言って聞かないんですよ」

あいつ何やってるんだ。嘆息しながら階下に降りると、解散した時よりもやたらと荷物の増えたクッキーが汚れた仔犬を抱えて立っていた。ひとまず連れ出して外で説得を試みる。

「貴方からも許してもらえるようお願いしてほしいんです。迷惑はかけませんから」

「…あのな、まず動物を宿に入れること自体が迷惑だぞ。ましてや躾もされてない野良犬なんて手に負えない」

「大丈夫です、賢い子ですから。一通りの言うことは聞いてくれました。なんなら芸もできますよ」

普段自己主張なんてほとんどしないクッキーが敬語まで使って珍しく食い下がる。そういえば動物が好きだったな、と思い出したが、さすがにこれを許していたら後々面倒が増える。いつもより厳し目の対応をとろう。

「駄目だ、置いてこい。万が一他の客が咬まれたりしたら、お前はその責任を負えるのか」

「…………わかりました。じゃあ僕はこの子と外で寝ます」

唇を噛み締めるクッキーの表情に覚悟が見て取れる。今一番休息が必要な奴がろくな寝床も用意しないで疲れをとれるはずがない。野良犬を抱えたお坊ちゃんを受け入れてくれる宿など多分この街にはないだろう。……背に腹は代えられない。
踵を返してカウンターに入ると主人に頭を下げ、もし何か事故を起こせば責任は取る、できる限りの対処は怠らないので連れの勝手を許してほしいと頼んで所定の宿泊料よりだいぶ多く代金を積んだ。主人は渋々承知してくれたが、犬を上等な客室には入れられないと言って別の部屋に変更することになった。

ぬるま湯を浸した桶に仔犬を浸からせて楽しそうに洗っているクッキーを横目に溜息を吐いた。こうなったら猟犬にでも育てて多少なりとも戦力にしてしまうしかないか…