トルテとクッキーのおはなし - 11




いつもと違う街


もう何度も見たムーンペタの街も、いつにも増して安心感が違う。心なしか、街の民も妙にざわついて見える。

「またこの街に来れたのが人の姿で良かったわ」

「宿の主人に部屋を変えてもらうよう頼むか。人数も増えたし」

「そうだね。犬がいなくなったことはどう説明するの?」

「そんなの蒸発したでもなんでもいいだろ」

「よくないよ、プリンに失礼だ」

そう言われると弱い。気まずくなってプリンの顔を見たが、プリンは大して気に留めていないふうに笑った。しかしクッキーの気が済まないだろうし、適当に預け先が見つかったことにでもするしかない。
カウンターで本を読む主人に声をかける。てっきりろくな服も着ない女を連れた自分たちを変な目で見るかと思ったが、プリンの顔を見た瞬間主人はあっと声を上げ、読んでいた本を放り出しプリンを背負うクッキーの足元に跪いた。

「お、王女様!よくぞご無事でいらっしゃいました…!」

「あんた、王女の顔知ってんのか」

「当たり前でしょう、ムーンペタの住民なら誰もが見たことがありますよ…あぁ、お辛かったでしょう…」

さっき表通りがざわついていたのはそれが原因だったのか。大騒ぎにならなかったのはおそらく遠目では王女かどうかわからず確信が持てなかったのだろう。ずっと足元に身を投げ出す主人にクッキーが困ってしまうと思ったのか、プリンは自らその背を降りて主人に手を触れ、労わりの言葉を口にする。

「どうか顔を上げてください、私の消息をこの街の誰もが案じていたことはよくわかっていました。今もこうして無事を喜んでくださったこと、とても嬉しく思います」

「滅相もない…それにそんな粗末なお姿ではいけません、すぐに相応しいものをご用意いたしますから」

主人に促されるまま、プリンは上等な部屋に通され真新しい衣服を一式用意してもらう。その過程で主人から王女との関係を疑われやむなく自分たちの身分も明かすことになったが、プリンの口添えでこれまで通りの接しかたを続けてもらえるよう約束を取り付けた。犬については説明するひまもなかったが、別に言わなくてもいいような気がしてそのままになった。プリンからそれまで貸していた服やマントを返されたが、なんとなく自分がまた着るのは憚られる。

「もともと私のものじゃないから、気にしないでいいのに」

「それはそう…ですけど」

「急に敬語になられたら笑ってしまうわ、もうそんな間柄でもないじゃない」

萎縮する自分がおかしく見えたのか、クッキーもプリンも笑う。どうにもやりづらい。

「……とにかく、服も靴も新しくしたし、あとは装備を用意するだけだ」

「あら、もうぴったりなものがあるでしょう」

プリンが指差した机の上には、以前仔犬にクッキーがおもちゃにと与えた魔導士の杖が転がっていた。仔犬がプリンだとわかった今、必然的にその杖は彼女の所有である。

「いいの?もっと他に強い杖があると思うけど」

「その時は持ち替えればいいわ。でもせっかくあなたがくれたんだから、大事にしなきゃね」

嬉しそうに笑いながら、紐を替え手首に付けた魔除けの鈴をチリンと鳴らす。そういえばあの鈴も首輪代わりにあげたものだったか…と思い出しながらクッキーを見ると、これまで犬として扱っていたことを思い出してか赤くなって俯いていた。

「…ごめん、あの時はまだプリンだってわからなかったから」

「いいえ、私だと知らないからこそ嬉しかった。この鈴はあなたの誠意の表れよ」


プリンは微笑みながらクッキーの手を取る。それにしても、親族を失い人の姿も失って尊厳も何も踏みにじられたというのに、こうやって笑うことができるその強さは一体どこから来るのか。ムーンブルク王家最後の血族としての誇りが奮い立たせているのか、それとも己を保つための虚勢か、何にせよ無理を強いることだけはないようにしなければ。



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