トルテとクッキーのおはなし - 12




お姉ちゃん


しばらく自分たちと一緒に過ごして少しは健康を取り戻してはいたものの、長い間野良犬扱いで満足に食事も得られない日々を送っていたプリンは本人の想定以上に衰弱が激しく、安心して気が抜けたのも手伝ってそれから間もなく熱を出し長いこと臥せっていた。宿の主人の厚意で当面は滞在してくれて構わない、むしろ十分に英気を養っていってほしいということでありがたく世話になることに決め、プリンの容態が落ち着くまでは二人して看病に奔走した。ふらつかずに出歩ける程度に回復してからは、遅れを取り戻したいという本人の提案で、街のそばで魔法のリハビリに励む傍ら今後の旅の方針を何度も3人で話し合った。

「一度ローレシアとサマルトリアに戻った方がいいかな?プリンの無事を報告したいし」

「そうね、野放しになってる今のこの街の暫定的な統治をどちらかにお願いしなければならないもの」

「それはうちで請け合おう。サマルトリア軍はローラの門の防衛に注力した方がいい」

「あっ、確かに…僕らが通った時も、地下道に魔物が入り込んでたっけ」

ローラの門。ローレシアを興した初代国王であり、竜王を打ち倒した勇者である曽祖父がその妻ローラを伴って通ったと言われているそれなりに歴史のある地下通路だが、ムーンブルクが落ちた際に南側の入り口は防衛を放棄され、そこから魔物の侵入を許してしまっている。

「それじゃ、寄るのはローレシアだけでいいかなぁ」

「駄目よ、サマルトリア王にもご挨拶したいわ。あなただって一回妹に顔を見せてあげなきゃ」

その言葉で、クッキーの表情が変わった。王女とは少々年の離れた兄妹だが、民の噂に流れるほど仲が良いと王に言われていたのを思い出す。

「僕も会いたいさ…でも会うと『私も連れて行って』って泣いて聞かないんだ」

「それだけ慕われてるのよ。あの子も会えないのを我慢してるんだから、お互い様」

プリンに諭されると弱いのか、気の進まない様子ながらクッキーも折れてサマルトリアへの訪問を了承した。ハーゴン討伐の旅が終わるまでは2度と帰らない覚悟はあると以前言っていたが、クッキーの性分からしてそのくらいの気持ちでいないと家族に会えないのが辛いのだろう。それでも、今のクッキーが一度家族に会ったくらいで再出発をためらうほど弱いとは思わない。
もうリハビリでなく新しい魔法の訓練をする段階まできたとプリンが言うので、今日の外出を切り上げて街に戻る。二人に先に宿へ戻ってもらい、明日の出発前に消耗した薬草の補充をするために買い物に出た。

(もうそんなに買わなくてよさそうだな)

クッキーもプリンも回復呪文を扱える。魔力は無限ではないしなるべく無駄な消費を避けるために予備で薬草を用意しているものの、最近は戦闘で傷を負うこと自体が減ってきていた。成長の証というべきか。
適当に質の良いものを見繕って購入し宿に戻ると、扉の向こうから話し声が聞こえつい立ち止まった。自分抜きで何を話すのか、なんとなく気になる。

「……ねぇ、クッキー。一つ聞いておきたいのだけど」

「どうしたの?」

「トルテとは嫌々というわけではないのね?」

向こう側で何か吹き出す音がした。クッキーが茶でも飲んでいたらしい。

「な、な、なんの話」

「とぼけなくてもいいわ。一度邪魔しちゃったもの」

急に仔犬に襲いかかられたあの夜のことを思い出した。顔面を思い切り引っかかれて結構痛かった気がするが、今思えばプリンが必死になるのも当たり前だ。自分にはクッキーを理不尽に張り倒した前科もある。

「あなたが望んでのことなら、むしろ謝らなきゃいけないけど…そうでないなら看過できないでしょう。私にはあれが初めてかどうかもわからないし」

少しの沈黙。クッキーがぼそぼそと返事をする。

「……嫌々では…ない……です」

「…そう。無理強いじゃないならよかった」

「あれが…本当に初めてなんだ。気持ちを伝えたのも…あんなこと頼んだのも……トルテも驚いてた」

プリンに胸の内を少しずつ明かすクッキー。お互い特別な感情のない親友だからこそ込み入ったことも遠慮しないで話せるのだろうが、聞いてるこっちはいたたまれない。かといってここで入ってきて話を打ち切らせるのも悪手にしか思えず、そのまま話を聞き続けた。

「考えさせてくれってトルテには言われたけど……まだ一度も返事をもらってないし、やっぱり嫌なのかも…」

「何言ってるの、トルテは迷惑だったら迷惑だってはっきり言うわ。あなただってそう言われたでしょ?」

「……うん…」

「返事をしないのはまだ考えてるからね。でもあなたを特別意識できるかは別にして、憎からず思ってることは断言してもいいと思う」

「どうして?」

「じゃなきゃ引き受けてくれないと思うのよ……鏡を探しに行く日の前夜だってそうだわ」

あれもやっぱり聞かれてたのか。そこまでバレてる以上開き直ってもいいのに、クッキーは相変わらず慌てふためいている。

「あ、あれは、あぅ」

「そんなに恥ずかしがらないの!決して茶化したりしないし、あなたがそれだけ真剣なんだってことはわかってるから」

どちらかの足音と衣摺れの音。部屋の中で具体的にどういう動きをしているのかはわからない。多分プリンがクッキーを抱きしめているのだと思う。密着すると気持ちが落ち着くようだし。

「トルテも今は悩んでるの、焦らず待ちましょう」

「うん…ありがとう、気遣ってくれて」

「いいのいいの、かわいい弟の相談ならいつでも聞きますからね」

「弟か…僕長男なんだけどなー」


二人はすっかり和やかな雰囲気で笑っている。もう入ってもよさそうだと確信して、扉を何度かノックした。



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