トルテとクッキーのおはなし - 14




ローレシアにて


ムーンブルク城周辺のマンドリルの群れの恐ろしさに比べたら、北部の魔物はまるでスライム並…例えるまでもなくスライムばかりだ。バブルスライムだけは相応に面倒なものの、道中遭遇することもほとんどなく穏やかに進んでいった。位置的にサマルトリアのほうが近いものの、後でもいいとクッキーが繰り返し主張するのに押される形で先にローレシアに赴く。城が間近に迫ると、衛兵が自分の姿を見てすぐさま迎えに走った。

「おかえりなさいませ、トゥルテオ王子。陛下もお待ちかねでございます」

「クラッキール王子もようこそいらっしゃいました。そちらは……」

衛兵がプリンの方を見る。自分が紹介する前に、クッキーが素早く口を開いた。

「こちらはムーンブルクのプリメア王女です。此度は彼女の無事を報告に、と」

「なんと……!無事でいらっしゃったとは、陛下もどんなにかお喜びになるでしょう……どうぞこちらへ」

久々に見る自分の城は、旅立ちの頃よりも賑わっていた。後で聞いた話では、ムーンブルクから逃げ延びた生存者の内こちらに親類のいるものが移住してきたことで、以前より人口が増えているのだとか。
父王は息子他1名を差し置いて、まずプリンの無事に何よりも感銘を受けた様子だった。あわよくば自分とプリンを結婚させて一度は分散させた三国の力関係をローレシアに傾かせようだなんて考えていたようだし、そういう意味でも喜んでいるに違いない。国という機関自体は壊滅してしまったが、今やムーンブルクのすべてをプリンはその身に負っている。それを丸儲けできるつもりでいるのだろうか。

「つきましてはローレシア王、私の故国の民の受け入れと領土の暫定的な維持について、お話したいことが……」

「仔細はよい。あらましは息子から報告を受けておるからな、王女はご心配なされるな」

二つ返事と言っていい返答にプリンも少し戸惑ったが、あまり遠慮してると面倒だからとりあえず調子を合わせとけと耳打ちすると素直に感謝を述べ、そこでその話は終いになった。あとはムーンブルク周辺の治安の状況や人員の派遣の話を少しばかり打ち合わせ、大体の用件が済んでまた出発に向けその場を下がろうとする。まだ何か話し足りないのか、父王がふとクッキーを呼び止めた。

「おぉ待たれよ、サマルトリアの王子に少し訪ねたい。国王は…ご健勝であられるか。王妃が亡くなられた折は、いたく塞いでおられたが」

クッキーの眉がぴくりと動いた。その反応がどういう感情かは共同生活していてすぐに分かったが、このような場面で不快感を露わにするほど彼は幼くはない。静かに向き直ると、恭しく礼をしてやわらかな笑みで感謝を述べた。口の端が引きつっている。

「お心遣い痛み入ります。幸い王女の存在も慰めとなりましたようで、今は元の通り…いえ、以前よりなお溌剌としている様子です」

父王はその返事に満足げに頷き、改めて出発する自分達に祝福の祈りを捧げる。クッキーとプリンは礼を返したが、自分は無言で一瞥してすぐさまその場を後にした。
城を離れ、外の衛兵にまでも声が届かないくらいの距離まで歩いてきたところでクッキーがぽつりと言った。

「ごめん、君の父上なのに失礼な対応だった」

「気にするな、むしろ俺が謝らなきゃならん」

プリンは複雑な表情で自分とクッキーを見ていた。何も言わないのは、この問題に介入すべきでないと思ってるんだろう。
サマルトリア王の妃は王女を産んでしばらく後、病で世を去った。仲睦まじい夫婦であった為国王の嘆きは大層深く、それ自体は庶民にもよく浸透している出来事だ。父王があの場でその程度の事柄に言及するのには、言外の意味がある。

「お前にあんな恥かかせて、あれが国王で父親じゃなきゃすぐにでも張り倒したのに」

父王は、かつて想いを寄せていた女を従弟でありライバルでもあるサマルトリア王に奪われたのを未だに根に持っている。とは言っても、そもそも件の女性はサマルトリア王の方と相思の仲だった為厳密には奪われたというのは適切ではない。単なる横恋慕だ。当然そんな込み入った事情を知るものは少ないが、それを逆手にとり王を気遣うふりをして彼とその息子であるクッキーを嘲笑っていたのは明白だった。

「あれで勇者の血筋だっていうんだから夢のない話だな。反吐が出る」

「やめなよ、親に向かって」

既に怒った様子もなく、自分を落ち着かせようとするクッキーになぜか苛立った。なんか、前にも似たようなことがあった気が……

「馬鹿にされたのはお前だぞ、なんで平気なんだ…」

「平気なわけないだろ!」

広い平原に声がこだました。その気迫に思わず立ち竦む。プリンは黙って後ろで会話を聞いていたが、クッキーが叫んだので魔物が寄り付かないか周辺を警戒し始めた。クッキーは一瞬しまったという顔をして、顔を背け一人でずんずん歩き出す。その後を慌ててついていくと、速歩を緩めないまま背後の自分に向かって言葉を続けた。

「平気じゃないけど、もう慣れたよ。国王が僕の父上を嫌ってることは昔から知ってたから。さっきだって一瞬は嫌だったけど、そんなつまらないことで腹を立ててるような余裕も僕らにはない。……それに」

クッキーの歩く速さが少し落ちる。

「君に八つ当たりなんてしたくないんだ」

それきりクッキーはリリザに着くまで喋らなかった。声に驚いたのか、魔物は近寄ってはこない。夕飯を終える頃には、もういつものニコニコ顔を取り戻していた。
サマルトリア城に到着する頃に、既視感の正体に気付く。初対面で邪険な態度をとった自分に対して、クッキーがちっとも怒った風じゃないことに苛立ったあの時と一緒だ。



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