トルテとクッキーのおはなし - 15
サマルトリアにて
ローレシアに比べて、穏やかな気風の者が多いサマルトリアの民は一様に自分達の訪問を喜び祝った。事前に訪問の連絡は入れていたが、ちょうど訪れた時王は中庭の花を眺め歩いていた。ここの王も息子同様のんきものだが、さすがに一国の主として必要なだけの威厳は備えた人物である。
「おぉキール、旅立ちの頃より一層頼もしくなったようじゃ」
互いを菓子の名で呼び合うのは自分達三人だけだが、王はクッキーを親しみと愛情を込めてキールという愛称で呼んでいる。争いごとを好まない息子が過酷な旅に耐えられるのかずいぶんと気を揉んだと聞いているが、クッキーが立派に成長していることを知るとその心配も消えたようだ。ローレシアで伝えたのと同じ近況報告をいくつかして、国は変わりないという話を聞く。サマルトリアにもムーンブルクからの避難民がいくらかやってきているらしい。
「シャーロットもそなたが来るのを心待ちにしておったぞ。会いに行ってやりなさい」
「はい、必ず」
妹の名を聞いたクッキーの表情が少し寂しげになる。会えば当然喜ぶだろう、しかしまた自分達は旅に出なければならない。妹を二度も置いていくのが忍びないという顔つきが横から見ていて丸わかりだ。
城の奥にある姫の部屋の前で、クッキーは深呼吸をして洒落た装飾のノッカーを数度叩く。
「シロップ、ただいま。僕だよ」
当然のように妹にも菓子の名がついている。数秒の間を置いて、扉が勢い良く開き小さな影が飛び出してきてクッキーに抱きついた。
「おにいちゃん!おかえりなさい!」
頭2つ分は背の低い幼い姫が腰に強くしがみついて、クッキーが一瞬バランスを崩す。さっと手を出して肩を受け止めると、姫が自分に気づいて顔を上げた。
「おにいちゃん、おともだち?」
「前に一度話したかな、今一緒に旅をしてるトルテ王子だよ。そうだ、今日はプリン姉様も一緒だからね」
「ひめ姉さまも?うれしい!私ずっとまってたのよ、ぜひゆっくりしてほしいわ」
姫に部屋に案内され、それからしばらく質問攻めに遭った。どんな装備を持っているか、どんな魔物に会ったか、どんな街を見たか、何か面白いものはあったか、何が大変だったか、これからどこを目指すのか…そこまで聞かれて、ふとクッキーが気がついた。
「そういえば、当面の目的地が決まってないね」
「ハーゴン討伐の旅とはいえ、いきなりロンダルキアに特攻仕掛けるわけにもいかないしな」
邪教の大神官ハーゴン。その軍勢は急峻な山脈に閉ざされたロンダルキアの奥深くに根城を構えている。正攻法で行こうとしても、悠長に山脈越えなどしてる間に迎撃されてしまう。その攻略方法はこれからの旅で探らなくてはいけない。クッキーが難しい顔になるのを見て、姫が不思議そうに口を開いた。
「おにいちゃん、ご先祖さまの国に行きたいっていってたでしょ。行かなくていいの?」
「ご先祖…あ、そうか!ラダトームだ」
ロト三国は元々、初代である勇者が一から興した国だ。彼自身の出自はロトの血を引いていること以外よくわかっていないが、竜王を倒した後アレフガルドの大国ラダトームに凱旋しローラ姫を妻として伴いこの大陸に渡ってきたという。そういう点から三国はラダトーム王家から派生したとも言え、現在でもつながりの深い国となっている。地理的にもこの大陸とアレフガルドは近く訪問は比較的しやすい。
「じゃあ、ラダトームの王にご挨拶に行くのね。私も賛成だわ、あそこでしか見られない文献も多いし」
プリンが珍しく乗り気だ。クッキーも行きたがっているというし、もう結論は出ている。
「決まりだな。それならアレフガルドに渡る方法を考えるか」
「おにいちゃんたちたのしそう、私もつれて行ってよぅ」
「だめだよお前は、この旅は危険なんだ」
無邪気なおねだりにクッキーはそっと妹の手をとって、優しくだが低めの声で目を見て諭した。普段のかわいがられてばかりのクッキーとは違う、守るべき存在に対して真剣な兄の顔をしている。姫はその返事をもらうことを予期してはいたようで、涙目になりながらぷいと顔を背けた。
「……なによ、おにいちゃんのいじわる!それならもういっちゃえ!かえってきても、おしろに入れてあげないから」
「頼もしいな。シロップが待っててくれるから、お兄ちゃんも頑張れるよ」
姫はまだふくれてはいたが、背けた顔をクッキーに向けてぎゅっとその手を握った。きょうだいっていいものね、とこっそりプリンが自分に耳打ちする。無言で頷いて、兄妹のやりとりを楽しく眺めていた。
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