トルテとクッキーのおはなし - 8





憩い


城の探索を終え、祈りを捧げてから足早にルーラでムーンペタまで帰還した。重い表情のまま街の入り口を抜けると、聞き慣れた鈴の音が近づいてくる。

「ワン!」

「…待っていてくれたんだ」

「お前が飼い主みたいなもんだろ、もっと喜べ」

「そうだね、ただいま」

おかえり、とでも言いたげに仔犬はもう一吠えして、抱き上げたクッキーの頬を舐め回す。どこか安心したように笑うクッキーを見て、自分もやっと帰ってきたのだと実感できた。
宿の客室に入った瞬間疲れがどっと出たのか、二人とも倒れるように寝台に突っ伏した。乾いた毛布の匂いが鼻を抜けるのを感じながら、気がつけば翌日まで眠り込み腹を空かせた仔犬に体当たりで叩き起こされた。寝ぼけ眼を擦りながら渋々起きると、クッキーに対してはもっと寝ていなさいと言わんばかりにその腕の下に潜り込んでじっと座っている。犬は序列を作るというが、どうも下に見られている気しかしない。

「クッキー」

「んぁ…ごちそうさまです…」

「何寝ぼけてんだ、正午だぞ」

「しょー…ご…………えっ、もう!?」

寝癖でぼさぼさになった頭も気に留めないで飛び起きるクッキーの姿がなんだかおかしくて、思わず顔が緩んだ。目敏くそれを認めたクッキーが少しふくれっ面になる。

「そんなに笑わないでほしいな」

「悪い、そうやってのんきに慌ててるところも久々に見たから」

実際、ムーンペタを発ってからは互いに気を張り詰めっぱなしだった。こうやって油断しきった光景が見られるのは、安全な環境に戻ってこれたからだと感じているし、きっとクッキーもそれは理解している。だからこそふくれたりできるわけだ。

「もう……くだらないことで笑ってないで、プリンを元に戻すための鏡ってやつを探さないと」

「ずいぶん気が早いな、まだ戻ってきて1日しか経ってないのに」

「旅に出てから今までは1日じゃない。こうしてる間にもどこかでひどい目に遭ってるかもしれないし、今はか弱い犬…なんだか…ら……」

クッキーの声が小さくなる。その視線は自分から、そばで座っている仔犬に移されていた。

「……プリン…?」

「ワン!」

クッキーの震える声に、意図してなのか仔犬は元気よく吠え、尻尾をちぎれんばかりに振る。

「プリン!やっぱりプリンだ!」

「ちょっと待て、まだそいつが王女だと決まったわけじゃ」

「絶対プリンだよ、間違いない。もし違ったら責任とって見つかるまで断食する」

クッキーはあまりにはしゃいだ様子で、できもしない決意表明までしてしまう。いいから落ち着けと言い聞かせ、仔犬をその腕から取り上げた。仔犬は丸い瞳で真っ直ぐに自分を見て、また一度吠えた。なんとなく仔犬を見つめ返し、ちらりと視線を下にやる。

「あ、雌だ」

「何してるのトルテ…」

「この先会う犬全部にいちいち鏡を見せてられないだろ、だから先に性別…いてっ」

言い終わる前に手を咬まれた。抱いた手がゆるんだ拍子に仔犬はするりと手をすり抜け、クッキーの足元に収まる。こういう無礼に怒る態度がいかにも王女ではあるのだが、鏡を手に入れていない以上推測の域を出ない。手をさすりつつ、話題を軌道修正する。

「鏡はどこにあるんだっけか」

「城の東に大きな沼地があって、そこに埋もれてるって噂だよ」

「埋もれてるんなら、どぶ浚いして探すしかなさそうだな」

「ムーンブルク地方じゃ存在自体は知られてたみたいだけど、そもそも誰もちゃんと実物を見たことない、沼地にも近寄らないんだって。だから埋もれてるのも単なる噂で、もっと楽に手に入るかも」

地図を睨みながらクッキーが菓子の方のクッキーをかじる。口の端についた欠片を指ですくってひと舐めする姿を見て、自然と感想が口から出た。

「…共食い」


それを聞いて、クッキーも思わず笑みをこぼす。王女の無事が確認できたら、それぞれの菓子でも食べて祝いにするかなんてとりとめもないことを考えながら、3日後に出発を決めた。