トルテとクッキーのおはなし - 17
たとえばなし
一時の帰郷を終え、当面目指すところはラダトームへの訪問と、隼の剣を探すことに決まった。
購入しておいたキメラの翼でムーンペタに戻ってくると、ちょうど表に出ていた宿の主人がプリンを見てにっこりと笑う。随分長いこと世話になったが、今度も彼のところで宿を取ることにした。せっかくなので情報収集も兼ねていくつか質問をぶつける。
「ラダトームですか…アレフガルド大陸へ行くとなると、船旅になりますね」
「ムーンペタにはラダトームと貿易船の往来がありましたわね。便乗することはできるかしら」
「誠に申し上げにくいのですが…城の陥落以来、周辺海域の魔物も凶暴化していて向こうからの貿易船はほとんど途絶えているんです。今は暫定的にルプガナに集荷され、こちらの治安が回復するのを待っている状態で」
ルプガナといえば、この大陸の反対側の半島を越えた更に先、ラダトーム側からは目と鼻の先にある大規模な港町。王のような特定の支配者はおらず、商人達による独立した経済を確立し各地と交易のパイプを持っている。
「ルプガナなら貿易船だけでなくアレフガルドとの連絡船もまだ通っていますし、無理を避けるのであればそこから行くしかないでしょうな」
「僕らには馴染みがない街だね。どんなところかわかる?」
クッキーが自分を見た後、プリンと主人に視線を交互に向けた。ローレシアとサマルトリアは北方に位置していて、ムーンブルクと比べるとルプガナからはあまりに遠く、交流も薄い。
「とても賑やかなところよ。商店が所狭しと並んでて、貴重な品もたくさん見つかるの」
「そうですなぁ、賑やかですが…ここらの街と比べると治安の面では少々荒っぽいところです。いわば海の男が多く集まりますし、風紀を取り締まる組織も公にはありませんから」
注意を呼びかけるつもりで話してくれたことは間違いないが、それだけ活気のある街と聞くと興味をそそられた。船目的でなくても行く価値はありそうだ。クッキーも目を輝かせている。貴重品も多く流れてくるというし、隼の剣が見つかる可能性も期待出来る。
「大体の様相はわかった。 問題は交通手段だけだな…」
「船がだめとなると…陸路?」
沈黙が流れた。この街からルプガナまで陸路で行くには、ムーンブルクの西にある祠を抜けて、さらに砂漠を通過し海峡を越えなくてはならない。多分二人は『嫌だ』と思ったはずだ。自分も嫌だ。しかし現状それ以外に手段がないことがわかっているからこそ、何も言えない。
それからあれこれと代替案を出し合ったが、どれも現実的じゃない。結局その日のうちに結論は出ず、しばらくはここで羽を休めつつ最悪砂漠越えをする時のために物資を揃えておこうという流れで終わった。
*
ため息を吐いて寝床で寝っ転がっていると、プリンが部屋に入ってきた。
「起きなくて大丈夫、そのままでいいわ」
身を起こそうとした自分を手で制し、クッキーの使っている寝台に腰掛ける。クッキーは街の武器屋を見に出かけていた。なんとなく組んでいた足を組み替えたりとそわそわしていたらプリンに笑われた。…落ち着かない。
「ねぇトルテ、クッキーのことどう思ってるの?」
きた。なんとなく予想はしていたが、この質問にどう答えたものか。
「クッキーは気づいてなかったけど、以前立ち聞きしてたでしょ。本当はお節介焼くべきじゃないって何度も迷ったのだけど、この際聞いちゃおうかなって」
「…ばれてたか」
「犬は嗅覚が鋭いのよ、知ってた?」
己の鼻を指差しながら、プリンは笑った。あんな境遇に落とされていたことを笑い話にできるとは、やっぱり強い。
「信頼してるし、一緒にいて新しい発見も多い。まず面白いしな」
「そうね、あの子といると退屈しないわ」
伏し目がちな顔にかかった前髪をそっと搔き上げるプリン。ゆったりした衣服の下に、あの時見た豊満な肢体をついつい思い浮かべた。
「でも私のこともあなたは信頼してくれてる。私が聞きたいのは……例えば私が今無防備な状態で、何をしてもいい…それこそ抱いたって許されるなら、その内容にかかわらず何かしたいと思う?そしてそれがクッキーならどう?」
口調こそ優しいが、射抜くような視線を隣から感じて、目が離せなくなってしまう。クッキーに対する自分の思いを確認されているだけなのに、試されているような気持ちさえする。プリンの言った状況を想像して、少し考えてみた。…………
「プリンに触るのは…怖くて無理だな。クッキーはあの髪の毛ずっと触ってたい。本人が何かしてほしいなら…怪我するようなことじゃなきゃなんでもしたい」
正直な感想を述べた。一緒にいる期間の差だとか、性別的な意味で距離感が違うからとか、いろいろ言い訳はできるがここでする必要もない。それは向こうもわかってるだろうし。プリンは頷いて、安心したような顔をした。
「うん、正直にありがとう。クッキーがそう思ってること知ったら喜ぶだろうなぁ」
「喜ぶもんかな。こういうのは好きって言えるのか?」
「相手が嫌がることは避けても、相手が望むならなんでもしてあげたいって思ってるなら、それはもう好きって呼んでもいいわ。心から気遣えるからこそそうしたいと思うのよ。……ま、無理に自覚しようとしなくても、あなたなら大丈夫」
プリンは自信あり、といった風な強気な表情をしてから、それじゃあお邪魔しましたと言ってあっさり部屋から出て行った。自分に『好き』の意味を教えてくれるために、わざわざ確認したんだろうか。…やっぱりいつまでも彼女には頭が上がらない。
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